機能不全家族とアダルトチルドレン+(プラス)X因子

機能不全家族とアダルトチルドレン+(プラス)X因子について

久しぶりに直球であろうアダルトチルドレンの記事を書きます。

世の中にアダルトチルドレン関連の書籍は多く、症状に焦点が絞られたものや、ケーススタディが掲載されているものもあります。

こちらの本は、機能不全家族とアダルトチルドレン+(プラス)X因子というタイトルでご紹介したいと思い、久しぶりにコラムを書くことにしました。

心にナイフをしのばせて (文春文庫)

いろいろな問題が複雑に合わさっていました。

家族が殺害の被害者になるという、あってはならないことがおこってしまったのですが、機能不全家族によりアダルトチルドレンという精神構造が引き起こされてしまうという点と、それが妹さんの体験としてどう感じられ、どのような行動として現れ、それについて周りがどう反応して何を言うのか?するのか?ということ。

 

「ヒト」を考えた時に、非常に難しい問題も含まれていたので、簡単には書けませんが、それでも、環境が習慣をつくるということが理解して頂けるような気がします。

  1. 泣かない人。泣けない人になるまでの環境と心理。サバイバーが冷静で感情が動かないように見える理由。
  2. 泣かない人、泣けない人への周囲の無理解。感情を出せなくなるという体験への無理解。
  3. 解離も含め、記憶を保持しない状態の事例。
  4. 影響を受ける。影響を受けた後どこまで波及するのか?という全体像。
  5. 被害者(被害者家族も含め)へのサポートについて。

 

私は家族がこういった被害者にはなっておりませんが、

  • 家族が壊れていく様、
  • ヒトが壊れていく様、
  • 家庭外には漏れず家族の中だけで処理していく出来事の助けを誰にも求められない様、
  • 大人と子供が逆転して、子どもが大人を守らないといけない状態や、
  • 人それぞれの逃避・自分の守り方、現実との折り合いの付け方など、

自分の体験と重なることも多く感じ、身につまされました。

 

身につまされますが、私は随分と自分のケアをしてきましたので、投影してOFF反応がでるということにはなりませんでしたし、

「ということは、やはり自分のストレスケアをしていくと環境から影響を受けたままの人生から、それらにシンドイ影響を受けない人生へと変われる」という希望も書いておきたくなりました。

 

「わたし」という存在の軽さ

この書籍の「妹さん」は、元々事件前から兄妹を比較されていることを感じていた上に、事件がおこり一層「わたしという存在」に注意を払ってもらえなくなっています。

そして、自分でも自分を責めるために、自分でも自分を「軽い存在」だと思ってしまったのだろうという変化が書いてあります。

見捨てられたような気分

とも表現されています。

 

ご両親はヒトで、感情がありますから、自分の子どもでも好き嫌いというか、一層好きな子がいるというのは聞いたことがあります。悪気はないでしょうかが、悪気がなくても、また、悪気が無く無邪気だからこそ他の子が傷つくという事もあるでしょうね。

(この書籍の事件では、お兄さんが殺害されるという痛ましい出来事がありました。これが一層拍車をかけてしまいます。だからこそ、妹さんの気持ちも口も他者が封じてしまいましたし、ご自分でも封じてしまわれたのですね。)

 

そういった体験を踏まえて大人になっていきますが、大人になっても、ずーーーーーっとこの劣等感というか、自分の存在を軽く扱われた(と感じた)こと、見捨てられ不安を手放せない方も多いのだろうと思います。これに対する恨みのようなものが「痛みを感じるわたしは存在している」という感覚にすり替わってしまう事もあるようです。

すると、今度は、苦い思い出・体験・恨み・悲しみを手放したら自分の存在価値がなくなってしまうと感じるようになってしまうわけです。

 

アダルトチルドレンの生きづらさはこんなことが関わってもいます。

苦い思い出・体験を・恨み・悲しみを手放したら自分の存在価値がなくなってしまうと感じるため、何度も何度も、というより、基本的にこのシンドイ状態に思える環境や状況が「生きている感じを味わうために痛みを起こす。シンドサが安心を生む。」デフォルトになっているからです。

この書籍の中の妹さんも、自傷行為で猛烈な痛みを感じると、それがその時の自分を救うと感じたと告白しておられます。

 

やがて猛烈な痛みが襲ってきた。

全身が痺れるほどの痛みだった。

そのときわたしは気がついた。痛みはわたしの中の苦しみを消し、一時的だが現実をわすれさせてくれることをー。それまで発散できないで胸の中に抱えるだけ抱えた苦しみを、痛みがすべて帳消しにしてくれるような気がした。-「心にナイフをしのばせて」 P194より引用

 

 

生きやすくなりそうになると、無意識にそれから遠ざかる。

問題を複雑にしてしまう。

 

当人がそうなりたかったわけでもないし、そうなったつもりも無いから、簡単に気がつけない。

私は被害者だ!という意識がある方も無い方もいます。

被害者だ!と思っている方は手放したら自分の存在理由や周りを責めるための武器がなくなるようで手放しづらいケースもあるし

無意識的な方は、余程の心体のダメージがおきるまでは自分の状態に無関心なケースもあります。

ですから、サポート、伴走者として私のようなものがいるわけです。ご本人が必要とするならば、ですが。

 

 

ですから、こういった事に抵触しているご相談のストレスケアというのは、1回や2回の個人セッションでどうなるものでもないケースが多く、人生のある程度の時間を費やすことになることがあります。私もそうでした。ただ体験談として申し上げたいのは、自分に時間と手間をかけて労わりますと、「生きやすさ」としてそれが自分に還ってくるということです。労わる時に、自分の内面を見るという事がついて回りますが、慣れるとしんどくありません。

何故なら、それに慣れるという事は、ある種のジャッジを手放すことだからです。

 

 

ご本人の存在の大切さを感じるのもご本人ですし、

自分の価値を認めるのもご本人。

 

条件でご自分をみないようになるには、少し時間がかかることが多いですが、

それが「わたしという存在は軽くない。」という価値観に書き換わるまでの所要時間ですね。

こわれた家庭を元に戻せるのか?

壊れた家庭ではなく、壊れたと感じる家庭と書く方が良いでしょうか。

 

同じ時間は来ないというルールに基づくと、元には戻らないでしょうね。

心体カウンセリング™ でも、心体カウンセリング™ を受けることで悩む前のご本人に戻るわけではありません。

体験を踏まえたうえで、新しいご当人になっていくんですね。

 

心が以前よりは強くなったり、自分のパターンから抜け出すスキルを身につけたり、価値観が変わったりして新生していくんだと感じます。

人間はいつまでも発達するので、新しい発達段階へ入っていくんだと感じています。

 

私個人の例を挙げるのなら、冒頭に書いたサバイバー達が無表情や無感情ということにあまり左右されません。

人は脳の仕組みとして他人を見た目で判断しますので、感情たっぷりの方が可愛がられたり、同情されたりますが、

私はそれらに左右されにくいようです。

目の前の方が無表情や無感情のときに、サバイバー(一種の同志のような感じがするときもあります)なのか、それとも、生来の器質なのかを感じたりします。

今お聞きしているお話の内容と重さと、ご本人の表出している感情の量とは必ずしも比例しない。

 

見た目や情報だけで過剰に判断したりしないようになのか、私は自分の体験により脳が鍛えられたような気もしています。

これも1つの発達の形かもしれません。

 

また、私は怒りや嫉妬が悪いとも思っていませんが

それらがひいては自分を痛めているのなら、まずはそのレベルを下げるということをご提案しています。

 

自分の置かれている環境に物凄く不満だという事もあるでしょうし

自分の人生が楽しくない、孤独だ、空虚だと感じる方もいるでしょうし、

自分の人生が楽しくない、孤独だ、空虚だと感じて、それを埋めたくて、人様の人生に口出しばかりしたり、コントロールしたり、マウンティングしたりと言う方もいるでしょう。

 

ヒトによって救われることはあっても、ヒトを利用して本当に自分が救われることは無いんじゃないかと思っています。

ヒトとの関係性で救われることはあっても、それは自分の為に利用することからは得られないと思えています。

 

言葉や感性に繊細な方は、広義の意味ですべてが「利用」と捉えられるじゃん。と思う方もいるでしょう。

確かにそういう要素が無いとも言えない。

私の書き方では、私のニュアンスをそのまま伝えられないと成立しないので、言葉とはなかなか難しいものです。

 

そうですね、正解や、キメの一言もないですが、複雑に考えるのをお休みして、心が穏やかになって、ヒョコっと頭が真っ白になった時に「安心感」があるかどうかが1つの指標になるでしょうか。

漠然とし過ぎて申し訳ないのですが。

 

この書籍のなかの妹さんは、針が逆に触れて、自分に興味がなかった母親が今度は過干渉になり、また別の方向へと追いつめられた気持ちになって苦しかった様子も吐露しておられます。

辛かった。

こういう扱われ方も辛いものです。それが愛情からではなく、不安定さからくる過干渉はとても子供はシンドイ。

ヒトが壊れた。と感じるケース

詳しくは書籍を読んで下さい。人さまのお母様のお話なのと、簡単にかけないこのご家族の痛みが気になります。

しかし、どういうことが起きた時に「お母様が壊れた」と感じたのか書いてあるのですが、決して他人事じゃなかった。

私も似たものを体験したので、「これキツイんだよな~」とプチ地獄に凹んでいた当時を思い出しました。身内、肉親というのもキツイんだけど、実の母というのも衝撃があります。

単発や単回なら「あーびっくりした」で済むんだけど、頻回や日常となると相当疲れます。

本人も大変だろうけど、周りも疲れますわ。

 

出来事を受け止める脳のキャパシティって千差万別で、私はキツイことを体験したせいなのか、生まれついてのものなのか自分でも出来事を受け止める範囲が広くなったみたい。

この書籍の中のお母様は「何不自由なく育った」「大切に育てられた」ことが受け止め力の未発達に繋がったのだろうか?と書かれていましたが、判断は私にはできません。

うちの母も幼少期が一番裕福でお姫様生活だったと聞きましたので共通性がないわけでもない。

 

「我儘に育った子が大きくなって、自分の思い通りにならないと壊れる方向へ傾く」という考え方は昔からあるのかもしれないけれど、それも含めてストレスに対する脆弱性や、発達の方向性ではないかなと感じています。そもそもの脳の器質ということもあるだろうと今は考えています。

育て方? 育ち方? 生来の性質? そんなに簡単に分類できませんね。

 

色んなことが噴出して壊れたと感じる家庭を、あなたの記憶の中にある通りに元に戻さずとも、よりよい新しい環境、新しいスタイルがあるのかもしれない。

家族構成は同じでも、関わり方が変わっていく事だって新しいスタイルなのだから。

信仰・宗教について

妹さんがミッション系の学校へ通っていたという事で、シスターなども話の中に登場しています。これについては何もありませんが、私は別のところに意識が向きました。

それはお兄様の同級生が神父さんに「ほんとうに天国はあるのか?」と質問したときのやり取りが書いてある箇所でした。

信仰や宗教について賛成意見も反対意見もあることはそれぞれの信念でしょうけれど、その際の人間同士のやり取りがその信仰や宗教の印象へとなりやすいなと感じました。

ですから、信仰や宗教という枠ではなくて、誰と会い、誰と何を話したのかって大きいですね。

神父さんの答えの最後だけを引用します。

もしも満足して死ねたら、その気持ちが天国だよ。

 

私はある時、ある日を境目に「この世は天国」と言う人の気持ちが分かった時がありました。

私も「生きている間に、こんな感覚が味わえるんだ! (◎_◎) 」と天国を感じながら思いました。それは今でも体のどこかを流れています。

気がつくとしょっちゅう鼻歌を歌ってますし、こうなったら歌える限り鼻歌を歌いつづけるぜ。なんて思ってます(笑)

 

つい先ほど書いたような、こりゃダメだと思えたような体験をいくつもしたあと、ずっと大人になってからの体感です。

 

ということは、「満足」ということが大きなポイントなのね。とこの本を読んで確認できたような気がします。

 

あなたの「満足感」を阻害しているものをストレスケア・バランス調整したら、あなたも天国を感じるのだとしたらどうですか?

やってみませんか? ストレスケア。

 

そして、信仰や宗教で救われて、ご本人がそれで良いなら、それが答えだと思う。

(私は特定の信仰・宗教はありませんが、こういいながらも先祖は大谷派で供養・埋葬という伝統は踏襲しています。)

 

+(プラス)X因子とはなんだ?

タイトル「機能不全家族とアダルトチルドレン+(プラス)X因子」の、X因子には多くのものを当てはめていますが、ここではその内の1つを取り上げます。

それは、「虚言癖」を持つ人物がいかに周りをかき回すのか?という事例が登場していたところです。

虚言癖だけならまだしも、他人を面白いように操作する(主には、それによって起こらなくてもいいいい争いを生む)という精神疾患によるものや、成長の段階で身につける性格的なものもあります。

こういうケースもあります。下の記事の中の「煽る(あおる)人」というところです。

あなたの周りのパイの奪い合い。 嫉妬やヤキモチも同じでは?

 

こういった状態が顕著すぎて騒動がおきて診察対象になったときに当てはめられる疾患名(記事の中には書いていません)もあるくらいだから一定数いますし、カウントされない小さな気づかれにくいものなどもありますね。

必ずバレるとは限らないけど、私の経験上、誰かは気がついています。

気がついた人も「気づいた」と口に出すとは限らない。というのも、気がついたという人を劣勢にしたい(周りがその人を信じないようにしたい)がために戦いや争いの場にまきこむまた新しい嘘をつくことがあるからです。私は実際に「気がついた人」が「気がつかない人(操作された人)」に封じられていく様を間近で見ていたことがあるし、私も巻き込まれたことがある。

 

私は、その嘘に気づく人は「話の整合性の矛盾に早く気がつく人」でもあると思う。

バイアスがかかりにくい人ではないかと思っています。またはバイアスがかかっても、その修正がしやすい人。最初の印象に固着せずに、目の前の現実へと書き換えていける人。直感のようなものが働きやすい人。

 

脳の仕組みからするとこうじゃないか?ということを書いた記事はこちら。

気合と精神力、素直さではカバーしきれない、あなたが気がつけない脳のクセ

 

バイアスや、その反応については、修正が早めに効くように誰しも発達するのだろうか?

経験から学ぶというか、経験値を蓄積して行動変容へ移せる人はそれがひいては発達(新しい脳の反応)へと変化させて行けるんだと思えます。

それができるという事も、・・・・・・う~~~ん・・・・これも才能の1つなのかもしれません。または、それもその方の脳の特徴。

 

いろんな人生があります。

いろんな育った環境があります。

 

これらで感じたことを、自分で修正していける年齢がきますので、そうなったときに少しずつ人生をクリエイトしていきましょう。

 

私が以前、アメブロで記事を書いていた時に、私の固定のURLの部分に「creating-fun-okinawa」という言葉を使用していました。

今書いていて思ったのは、確かに私は沖縄にいた約20年で変貌をとげ、楽しいということを創造してきたことに気がつきました。

 

それこそ、生きている=天国 と感じたことも「fun」ですものね。

興味深くて、シンプルに「楽しい」

 

まるで数年後の自分を予言するかのようでした(^^)

 

あなたもいろいろあったことに決着をつけて、ちょっと人生を楽しんでみませんか?

ちょっと暮らしやすくなりませんか?

 

さいごに

私が長年、「ヒト」、行動、精神や心理を結果的に個人的に研究してきましたが、最近読んだ別の書籍から、自分がなぜこれらを研究し考え続けていたのかが分かったことがありました。

これもまた別の機会に書けたら良いなと思っています。

 

私が強く関心をもち、誰にも評価もされるわけでもないけれど、長年「ヒト」、行動、精神や心理を個人的に研究していました。

ですから不思議体験や複数の次元というものは有ってもいいし、無くてもいい。宇宙だって、SF映画なので楽しむ娯楽だと捉えている節があり強い興味は無かったんですね。

ところが今となっては傍から見たらそんなことも結構な真ん中に立っているのか?という気持ちになる時があります。

 

・・・人生って予測できない。

 

だからこそ、Enjoy your life。

 

 

今回のコラムで取り上げさせて頂いた内容と、わたくしが書いた内容が不適切に感じる方もいらっしゃるかもしれません。

シンドイ体験や想いをした方のサポートに心体カウンセリング™ があります。

少し、それが今よりシンドサが50%減っても随分と楽に感じるものです。

私もそうでした。

 

そんなことがあなたに伝わりましたら嬉しいです。

 

(2019/08/17)

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