肉体の記憶

これも肉体の記憶

書こう書こうと思いつつ、先延ばしにしちゃった。

外部のブログの記事の続きですが、「私達のストレスケアを丁寧に行うとは?」がちょっと分かりやすいような気がして、続きをコラムにかくことにしました。自覚の有無や、エビデンスなどはさておいて、無自覚なストレス原因っていろいろあるよ。という一部を書けたら嬉しいです。

振り返り一覧

スタートはこの辺り

一味深い「ヨモギ蒸し」体験記 体験後個人的感想編

ストレスの反応は消えてなかった

ヤツは薄っぺらくなりながらも、まだ居る?

やっかいだ

脳にタトゥーが入ったかのようにストレスを記憶している

ヤツのトランスフォーマーを観続けている

経過観察

 

人体の不思議なのか、私の気のせいなのか?

経過観察していたら、一層感覚に整理がついてきた。

図解したい!

自分が顕在意識で「こんな脳の癖みたいなのが大人になってからこんな奥深くにきざまれたら困るわ~」と感じていた時は、硬くて深くて、頑固だった。

 

とある好ましくない「言葉」が脳に刷り込まれた。タトゥーが入ったみたいに。

脳裏によぎる時も自己主張が凄かった。

今回はその言葉を「ハナ」と仮定します。

度重なるセルフケアにより、脳にストレスが刻み込まれたような箇所の存在が薄くなったように感じて、軽くなっていた。しかし、その場所は変わらずという感覚。

言葉が思い浮かぶ際の「質量」が変わったような感覚があった。輪郭は有るけど、ちょっとスカスカになってきた。

 

有り難いことに、これらがどんどん薄まって、ある時に頭によぎった時にはその文字は「透明」になっていた感じ。微かな質量や電気信号は感じるけど、もうそこには感情に影響するほどの熱量がなかった。この時に(わお! おもしろい!)と興味が深まった。(冒頭にリンクをはった過去ブログにも書いています)

もはや、ヤツの居場所は脳の隅っこの浅い部分へと変化した

 

そして、この時に、自分の「舌」が何かしら反応している、記憶しているということを過去一番感じた。

多分、それまでは脳の方が強い電気量を発生していたんだろうけど、そっちが収まったら今まで隠れていた「舌」の反応が頭角を現したんだと思う。

 

多分、ずっと「脳のアノあたりに根を張っていると感じるぞ」というところと、「舌」は連動していたはず。神経で繋がっているという「繋がっている」の意味。

非科学的に聞こえますが、今回私が感じた事これらにより

’「脳のバランス調整」していても改善しないケースの一例ってこういう事か。’

と思い当たった(ような気がした)。

 

 

うつりたくない口癖(今日はそれを「ハナ」に変えて解説しています)はもう頭に浮かべにくくなっている。よぎった時もほぼ透明みたいだから、「あぁ嫌だ」という従来の感情反応が起きなくなった。と思ったら、「舌」にまだ違和感があることに気がついた。

そうか、「舌」は筋肉か・・・。

いや、しかし、私がその時感じたのは、「神経」だったんだけど。

 

 

 

 

 

脳と舌の繋がりの神経部分に「記憶」が残っているんだと感じたんですよ。ストレスの記憶が。脳の側の神経ではなくて、「舌」に接している方の神経の記憶(肉体の記憶)だな、こりゃ と(気のせいかもしれないが)感じたんです。

マグロの寿司みたいに見えますが、違います。

ストレスケアが進んだら、うつりたくない口癖が頭によぎった(無理に思い出して実験もしてみた)時に「舌」が反応しているなぁと気がついて、最初は舌の表面からちょっと厚めに反応感覚がありましたが、そのうち「表面に薄っすら」くらいに Light になりました。

 

今はもうあの言葉を想い浮かべるのが難しい(脳内でも聞こえない)のですが、思い出そうとすると独特な脳内の感覚があります。

そして、今は「舌」の違和感も感じない。

 

また1つ、ストレスケアの駒が進んだと感じましたよ。ラッキー。嬉しい!

流石、「タトゥー」と感じたほどのアノ感覚は、私に回復段階のオモシロさをプレゼントしてくれましたわ。

脳と神経

当たり前と言えば当たり前なんですが、どこからが「脳」の反応なのか「神経」の部分の反応なのかって普段意識していませんもんね。なのに、なんだかザックリと「脳」って表現してる。

そして、わかった気持ちになっている。

わかったつもりになると、感覚が後回しになりますね。ひょっとすると鈍化するかもしれない。

 

書き方を変えると、

神経⊂(含む)脳

みたいに捉えていますよね。 教科書でもそのように記載されていますしね。

確かにその通りだけど、私は今回、こういった知識とはまた少し違う視点に気がついたような気がしちゃった。(気のせいか? 気のせいの可能性も除外できないが)

 

神経だけを取り上げて、神経に(細胞の)記憶のようなものがあると仮定すると、神経は「通り道」の役割だけじゃないなぁと思えた。神経細胞自体の「記憶」みたいなこととも感じたし、「舌」という部位がストレスケアでのバランス調整から若干取り残されていたような体感も興味深かった。

それ自体(部位と表現して合っていますか?)が記憶に反応していて、脳側だけをストレスケア(バランス調整)するだけでは届かない分野があると頭の中に置いておくだけで、また一歩ストレスケア(バランス調整・セラピー・ケア)が進むかもしれませんね。

 

ミラーニューロン風か?

うつりたくない口癖がミラーニューロン的な影響もあるのなら(あるだろう)、ミラーニューロンの影響の残骸が最後まで「舌」に残ったとも言えるのでしょうか?

 

しかし、前も書いたけど、ミラーニューロンの線引きなんてできないよね。(残骸って書いたけど、ただのイメージです。)

それを言い始めたら嫌な事は全部他人のせい(ミラーニューロン)のせいにするという

「自分はOK、他人は邪気がある。他人が邪気を運んでくる。悪いのは自分以外。私は被害者。」

みたいな発想と同じですね。

言葉が違って、科学風味が入っただけで、ずーーーーーーーーーっと発想は同じ。そうなると、情報や知識は更新されているのかもしれないけど、ストレスケアは進んでいない感じにならない? どう?

 

こういう考え方をすると、結局いつまでも一緒なので、「自分のストレスケアをする」に集中することを選択しています。私は。

【知識・情報】と【ストレスケア】は別物だよね。

 

太古の昔からの影響自体があるのなら、それはそれとして「在るもの」として、今の自分のストレスケアを粛々と丁寧に行う。

そして、「あぁ なんだか前より楽だな」とか「シンドサが少し減ったな」とか「笑うようになったな」とか「〇〇しているときって楽しいな」と感じることが増えたら素晴らしいと思って居ます。

 

情報や知識や理論ばかり理解しようとする事の弊害も無いとは言えない。自分不在のような、灯台下暗しのような感じになったりする。

そんな時は、昔から言われている、「書を捨てよ、街に出よう」方式で、揉まれたり、感じたりしながら過ごしてみてはどうだろうか? (生命力が弱まるほど揉まれ過ぎないでね。)

実際に自分に集中して、身体も使ったストレスケアをしてみてはどうだろう?

想念やイメージワークばかりじゃなくて、筋肉を動かしたり、皮膚感覚なども大切にしてみて欲しい。

余談

マルチバースに「時間」が無いっぽい話を無理に持ち出すのなら、ミラーニューロン類により太古の昔からの集大成の影響も受けるかもしれないが、ストレスケアを丁寧に行った後の「ラクな状態」という未来の影響もあることになりますよね。

「時間」がないなら、太古とか、未来とか、そもそもそこが関係ない。とも言える?

禅問答みたいな話にまたなるし、今の私は正解をしらないですが、1つのルールじゃなくて、幾つもの真逆なルールが両立すると仮定すると丸く収まるんですよ。(笑) パラレルワールドってそういうことでもあるんでしょ?

 

だから、ストレスケアについて、あんまり余計なことを考えずに、「今の自分」を感じて、ストレスケアを粛々と行うとよろしいのではないかと思って居ます。 原因探ししたところで。って類のこともあるよ。

 

(2023/03/12)

 

 

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