適材適所 適材適スキル

適材適スキル

完璧な手法ではなくて、当人のそのストレスにマッチした手法

脳内から消滅したねぇ

前回、系統的脱感作法の体感について書きました。

そこに加筆します。前回のAとBの件についてバランス調整完了感がありましたが、それのついでにもう既に過去にケアした中学生の頃の案件にもトライしたことを書き漏らしていましたから。

AとBを系統的脱感作法を用いてストレスケアをしたら、過去にバランス調整済みの中学校のCとD先生が頭に出てきました。バランス調整って1回で終了することもあるし、そのストレスになったエッセンスの残滓があるケースも珍しくない。何度も何度もストレスケアを行ってその残滓のような感覚や記憶を時間をかけてケア・整えていくということだってある。

この中学校のCとD先生についても、他者(先生)の言動が気に入らない、不満を持った自分がいたのですが、基本中の基本は他者を自分好みに変えることはできないというエッセンスがありました。そこに、(私の考え、本心をくみ取って貰えなかった。真意や背景を知らないままに軽んじられた)という悔しさがありました。

「気に入らない」と「自分が納得できるように訂正されない・できない」のハザマのモヤモヤですよね。それはもうしょうがないことなんだと物分かりを良くして納めるしかなかったけど、全然納得いってないという本音。もちろん、先生とは言っても当時普通の若者ですよ。昔の先生はその当時の常識に流されて威張ってる方がそれなりの人数いたなんてことは頭ではわかってる。当時の私は(この先生は聞く耳もないし、自分のご都合主義で気分次第)と理解して(わかってもらえることは無理なんだ)と諦めましたよ。しかし、当時の私自身が「不満」を感じたことは確かです。

状況を理解することと、そこに対する感情は別なんですよ。理解してもストレスを感じないわけじゃない。理解したら負の感情が消えるとは限らない。理解したらきれいさっぱり諦められれるとも限らない。

そんな感じて悔しかったのが私にまだちょっと残っていたんでしょう。思春期で自意識過剰な時期でもありましたでしょうし。

潜在意識からひょっこり出てきたというよりも、このケースの場合は疑似記憶の連鎖想起な感じがしますが、しかしヒトの感じ方は様々ですから「潜在意識」という言葉を使う方がしっくりする方と、「記憶」と表現する方がしっくりくる私のような個性がそれぞれにある。

チューガクセイの頃の話ですが、私達って赤ちゃんの頃の不安感や幼児の頃の恐怖を覚えていたりしますから珍しい話じゃない。

以前のコラムに書きましたが、私の持論は「脳内には時間がない」ですから、何十年経とうが瞬間的にそれが思い出されるのは”しつこい”んじゃなくて、「脳内に時間が無くて」かつ「良きにつけなくても、悪しきにつけなくても、理由はなくても何かしらのフックが記憶力としてかかっている」と考えると楽です。

その時のコラムはまだ探し出せていませんが、こちらの過去コラムを貼っておきます。私が似たようなことを手を変え品を変えて似たようなことを書いている証拠のようなコラムですw 記事内でご紹介しているいろいろなリンク先はもう存在しませんのでご了承ください。 → こちら

しつこいんじゃなくて、たまたま細胞が深く記憶しちゃったのかもしれない。身体が記憶するとか、思春期ですとホルモンが大きく影響するでしょうし、ホルモンって脳とか臓器とか連携しておりますでしょ? なんなら脳の記憶かと思ったら視神経が記憶していることだってあるかもしれないじゃないですか。聴覚だって同じです。

エビデンスや研究の有無はわかりませんが。

 

で、連鎖してひょっこり脳内に現れた中学校のCとD先生2名についても同じことをやりました。

結果、今これを書きながら、過去最高記憶が薄い。浮かんでこない。なんの感情も動かない。過去最高にどーでも良くなりましたわ。祝

苦い記憶がどーでも良くなったら勝ちですか? 人生ゲームならば。

理解されないことなど当たり前にあると知識はあっても

先ほど

もちろん、先生とは言っても当時普通の若者ですよ。昔の先生はその当時の常識に流されて威張ってる方がそれなりの人数いたなんてことは頭ではわかってる。当時の私は(この先生は聞く耳もないし、自分のご都合主義で気分次第)と理解して(わかってもらえることは無理なんだ)と諦めましたよ。しかし、当時の私自身が「不満」を感じたことは確かです。

と書きました。

多分ですね、心体カウンセリング™ ・セラピー・ケアでもストレスケアでもゲームの達人の道を歩き始めるには、「自分は理解ある人間だ」ということと、「自分研究」の捉え方を変えていかれると良い場合もあると思えます。

というのも、自分研究をする際に自分の反応や感情を認知する作業がまぁまぁ必須かと思いますが、それを見ようとすると自分は理解のある人間かと思っていたが違うかもね。とか、私は器の小さな人間だ。みたいな状態を直視することにも繋がりますでしょ?

そこを認めると自我崩壊くらいの恐怖を感じたり、断じてプライドが許さない方もいるかもしれませんから、だから無理強いなどするつもりが無いのです。人生がゲームだろうととゲームじゃなかろうと各々が生きるのみなので「自己研究」や「ストレスケア」(ストレスケアをするということはストレスが有ると認めることですよね。それだってストレスなど無い!という主張や認知、Myルールだってあるわけですから)をしない人生も好き好きです。

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自分の小ささを笑っているうちに、どんどん色んなものが無理なく許せるようになるなんてこともありそうですけど。そしてこれも少しずつメタ認知を増やしていく方法だったりしませんかね?

潜在意識と深層意識(心理)と無意識

前回のコラムで

私は潜在意識という今のような解説を聞くずっと前から自己研究をしていたし、こういった「上がってくるのを待つ」という先入観が無かったし、

と書いたのはウソではありませんが、しかしこういったニュアンスは理解していた。それは、無意識とか深層心理という言葉でイメージしていました。

言葉は1つの決められた漢字が使われますが、ニュアンスの捉え方や使い方、理解の仕方は様々です。私はどうやら無意識と深層意識と潜在意識のニュアンスを使い分けているんだとこの度一層理解しました。心理学的には無意識とか深層意識・深層心理という言葉が多く使われるような体感があり、以前体験講座でご紹介していたのが潜在意識(引き寄せ系)でしたので、やはり使い分けているような気がします。

ショックによる記憶喪失などは自己保全のためのストッパーだと言われています。わざと忘れる脳のセーフティーネット機能。その記憶喪失も回復することがある。

また、言葉の違う「心の奥に封印」という事象もある。脳のセーフティーネット機能とご本人のストレス耐性が絡み合っているとも思えますよね。

心体カウンセリング™ ・セラピー・ケアというジャンルのことを知る前から読みまくっていた本は心理学系も多く、(私の”ツラさ”に原因があり、それが無自覚ならば、それがあるのは深層心理らしい。だから向き合うのは自分で、自分を深掘るしかない。なぜならその心理は深層だから。)みたいな発想でキツイけどこれがその方法だからと深掘りましたよ。だから「浮かんでくるのを待つ」という発想はなかった。ほおっておいたらそのままだから、そこへ向かって進むしかないというようなイメージを持っていたんだと思います。そして、そこへ向かって進んだからこそ”認知のゆがみ”、価値観の形成の背景、感情反応の源泉みたいなものを認知できた。

「浮かんでくるのを待つ」という発想はなかったおかげか(笑)、どんどんやっていってドンドン自己認知と自己解析が上手になった。1つの案件を1回じゃなくて、100回で完了したって良い訳だし、100回で完了する頃には他のことも随分たくさん完了に近づいているだろうし、1回1回がパパっと終わるほど熟練してくるだろうからその範囲はドンドン広がって、生きやすさもドンドン拡大していくだろう。

また、私はずーーっとblogやなんでも帳などに「書く」「アウトプット」をしていまして、この行為も自己理解が進むことで得られるある種の生きやすさ感覚を得ることに功を奏したようです。脳から出さずにはいられなかったり、書く時に書きながらどんどん思考展開していったことも良かったみたい。感謝先に立たずですね。Good job 自分、ありがとう!

もし、潜在意識という感覚やそれに関する説明(情報・解説)が先に自分に知識として入っていたら「浮かんでくるのを待つ」というのが自分に負担がなく自然な回復なんだと思ったかもしれない。

また、本当にやり方を間違えちゃうと「因果関係追及の無限ループ」に入っちゃう。これはヤバいです。私はこれに入って精神の危機というか、生命の危機を味わいかけました。哲学者みたいになっちゃって、それとの付き合い方を知らずに心体が弱っていく方がいる。亡くなった有名な落語家さんも作家さんから「考え過ぎてはいけません。あなたのそれは身体に悪いです。」と言われたそうですが、ひょっとしたら「因果関係追及の無限ループ」から出られなかったのかもしれないと自分自身が体験してそう思いました。

これらも含めてご本人が回復しやすいやり方ってあるんだと思っています。

 

私はフィジカルを用いない対話型カウンセリングなどもしているのもあるし、自分の回復に「認知・自意識・顕在意識」が大きくモノを言ったこともあり、バランス調整という意味でも無責任に潜在意識至上的なことも今は取り入れてはいませんが、そこは好みだと思っています。世の中にはクライアントから一切何も聞かず身体の反応だけを見るという手法もありますし、私も自分の身体のメンテナンスの際にはお任せスタイルの施術も受けますし、なに喋ってもOK(言いたいこと、聞きたいことを施術中に会話します)な施術も受けます。

ようやくタイトルに言及します

身体のチェックは(脳も含めば、ホルモンも含めば、栄養素も含めばいろいろですが)は潜在意識か生体電気測定か波動測定かそういった機器も使えるし、なんなら機器でチェックしてバランス調整まで行うものもある。

あくまで私個人の感覚、好みですが、私は聞き取りがなくても、身体のチェックからバランス調整完了までを人間・施術者に行ってもらうことを好んでいます。機器によるものを絶対に受けない、信じないということはまるでなくて、それはそれで楽しいし面白いのですが「気づき」みたいなものは対ヒトのバランス調整の方が多いせいもあり、今のところは人間・施術者に行ってもらうことを好んでいますから受けたいです。

また「潜在意識の反応だけを見るだけ&バランス調整」的なセッションも過去15~16年ほどの間に何名かに受けたことがあって、受ける側としてもいろいろ感じることがありました。流派は違うのに本当に似たようなセッションをする施術者もいらっしゃいましたがそれを受けた側の私の印象は全然違います。

 

施術者と私の相性とかあるのがまた陰陽五行説っぽくて奥深いです。

東洋医学論を
ストレスケアに活用しています

そして、ケースによっては対話型セッションの方が潜在意識の声を聴くより適しているのでは?と思うこともありましたが、ご本人が「潜在意識の反応」の方が受け入れやすいケースも多いでしょうし、それを何年か重ねて、「いや、これでは埒が明かないわ」と対話型セッションにストレスケアを切り替える方もいらっしゃるようですし、対話型セッションを行う際のカウンセラーやセラピストとの相性もあるでしょうし、簡単に唯一Bestなスキルって無いなぁと思う次第です。

それだけで全てを完璧にカバーするスキルって無いなぁって。

でも、潜在意識至上的ですと全てを完璧にカバーするスキルがあるとおっしゃっている方もいるようです。私に正解はわかりませんが、現在のところの結論としては

適材適スキル

これに尽きるなぁと思っています。

※写真はイメージです

このホームページの直しをする際に、SEなどの知識がない私の気合と根性だけではどうにも追いつけませんで、これこそAIの得意分野では?!と修正の仕方を教えてもらいました。すると自分のスマホでもページの読み込みスピードが速くなりました。適材適所でした。

ちなみに、AIは「個人的には〇〇がお勧めです」と教えてくれましたので、「あなたは『個人』なんですね。ツボに入りました」と返信したら人間味あふれる回答がありましたよ。

ジプシーと呼ばれたって、それが俺のやり方だ

カウンセリングジプシーとか、セラピージプシーと命名される方がいます。私も昔はそういったお話を聞くと(しばらく一か所で腰を落ち着けてカウンセリングやセラピー、ケアを受けた方が良いのでは)と思っていましたが、今はそんな正論みたいな、正義感みたいなものはペラペラに薄まりまして、ジプシーしようがどうしようが好き好きで、その方の人生のその方の過ごし方だと思っています。

バチっと相性があうカウンセラーやセラピストとまだ出会ってないかもしれないし、ヒトって心体が弱ると判断力も鈍りますでしょ?だからジプシーをする以外選択できないのかもしれないし、元々あちらこちらと居場所を決めず動く性分の方がいらっしゃるし、ジプシースタイルが一番楽しいのかもしれない。ジプシーができるほど本当は元気なのかもしれない。

とても腕の良い相性の良いカウンセラーやセラピストとジプシー中に出会っていたかもしれませんが、ヒトは変化から逃げようとする性質が発揮されることがありますから、変化を選択しない自由もご本人にあるわけですよ。「好き避け」って言うでしょ?あんなことが行動として現れたかもしれませんし。

 

  • 回復したいのか? それこそ深層心理で回復を望んでいるのか?
  • 回復だけでOKなのか?
  • 人生を変えたいほどなのか? もし楽に簡単に人生が変わらなくてシンドい思いをしてもそれに取り掛かりたいのか?

 

いろいろですよ。

 

えーーーっとまた次回、続きを書くメモ書きは既にありますので、何かのお役に立つ方がいらしたらお楽しみにしてください。

 

余談 探してみます

「脳内には時間がない」とか「脳内のマルチバースぶり」みたいなことを一時期書いていたので、久しぶりに読んでみようかと思ったらすんなり出てきませんでした。

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