できれば関係のない責任を負わないでください。そして、与え過ぎが状況を悪化させるケースがある。

パーソナリティー障害や疾患、依存症の混合

恐るべき利己主義と徹底した他責

記憶が一定しないにも程があり、暴言を吐く

他にもモロモロが重なり、

付き合いを断つケースがあった。

 

 

当時

これは尋常ではない。と思ったし

心体カウンセリング™ などを始めるずっと前のことだけど、心理と精神に興味があって独学していたせいで色々な疾患名や症候群名、多くの依存系名も頭に浮かんだ。

 

パステルゾーンとして、あちこちに属していたんだと思う。

 

しかし、当時の私はそれに対しての対処の仕方を知らなかった。情報は知っていても、対処の仕方を知らないとなんともならない。対処の仕方まで情報として得ておくと、行動へ移せる確率は上がると思う。

 

いつも書くが、人は多くの要素が混ざり合っていて、グラデーションを形成している。

 

思い通りにいかなくなって癇癪を起こすのだが

少し経つと癇癪を起こしたことも忘れ

もちろん発言も忘れている。

 

アルコール依存を兼ねていたケースもあった。

 

実際の複数のケースを混合させて今日の記事を進めていきたい。

 

絶対に責任をとらない。悪いことは全て他人の責任だ。

「あなたのせいだと思っている。」という自己勝手なバトンタッチ

そんな時

自分で蒔いたタネが、

自分に降りかかってきたのに癇癪をおこし

「あなたは、この責任は私自身(当人)にあると思っているだろうけど、

私はあなたに責任があると思っているから」とイタチの最後っ屁発言をした。

 

そのあと、最後っ屁はまだまだ続いたので

強いて言えば、最後っ屁 vol.1とでも言える言葉でしたが。

 

 

自分で蒔いたタネだという事実から逃げられないので、イチャモンをつけられるヒト(相手)に押しつけたい一心だということが、とっても伝わってきた。

いや、当人が薄々わかっていたという推測も出来るが

近年、本人が本気の本気で自分の選択を他人の責任だと思っている可能性があるということがわかってきた。

瞬時に記憶が変わるということを、私が人生のなかでそれだけ多くの事例を見たのかもしれない。

 

自分の行いを自分でかぶる、引き受けるつもりがないと、それを被せられる人や引き受ける人、理由を探すもんである。

 

「あなたのせいだと思っている。」という自己勝手なバトンタッチを、受けとる理由がないのに罪悪感を刺激されて受け取ってしまうという人間の心理もある。

 

真にうけてしまうんである。

 

相手は揺さぶりの達人だし、あなたは自分に自信が無かったのかも知れない。

抵抗と、創作話

理性は無く、

もう滅茶苦茶に暴れて

自分の選択の結果として目の前にある【現実】に抵抗したいのである。

 

 

自分が上の立場にいないといけないと言う強迫性症も併発しているケースが多いようで、

自分より下のモノ(だと決めている相手)に「助けれくれ!」とは言えない。

助けてくれ!と言わない、言えないということはあるだろうが、それを「あなたが悪いんだから助けるのが当たり前だし、そうするのが上のものに対する下のモノの義務だ」というくらいの感覚に驚いたこともある。

他人をコントロールして、窮地を脱したいが、その窮地というのが何しろ自分で選んだ現実なのである。

 

 

コレが親子間ならば、

「あなたが生まれて来なければ、お母さん(お父さん)は幸せなのに」「あなたが生まれてきたから(いるから)私は苦労している」というセリフが登場する時もあるだろう。

子どもは自分の存在自体に罪悪感を感じるようになる。

 

この文章の後半でご紹介している書籍には

「あなたは奥さんのくせにワタシを助けない!」と嘘にウソを重ねた(疾患があり、嘘ではなく本人の中の「本当」だという可能性もある)上に奥さんを責め立てる男性が登場している。

 

いやいや

相手に責任を押し付けて

責任取らせようったって無理でしょ?

 

筋違いってあるんよね。

 

と言うのが通じないから厄介なのであるが、

部外者が巻き込まれてしまうのも(この書籍でも大勢巻き込まれていた)これまた厄介である。

 

自分で巻き込んで置いて

「あんたに私の気持ちなどわからない」と切りつけてみたり

 

頼まれもしないのに首を突っ込んで

「あんたに私の気持ちなどわからない」と言われて傷ついたりと

玉突き事故が凄いんである。

 

 

バトンタッチを拒否する

 

私の場合は

冒頭のケースの際に、押し付けられるものを引き受けなかった。

これはなんだかおかしいぞ。変だぞ。と思うようになったからだ。

「あなたのせいだ」と洗脳したかったであろうが、洗脳されなかったのである。

 

 

あなたのせいだ。と洗脳されてしまうと

自分の一生、自分の人生を搾取されてしまう。

背負わなくていいものを背負わされることに同意した覚えもないけれど、しかし、結果は背負ってしまう。

 

 

そして、当時の私は

自分のことではないけれど

こうなってしまった当人や

こうなってしまう人間のサガが切なくて悲しかった。

 

 

余り多くの「人間のサガ」や「理不尽」と思うような出来事を体験すると

少々のことで一々泣いてる場合じゃなくなる。

 

一々泣かないが、

切ないし、悲しかった。

 

筋違いの責任を他人に背負わせたいほど当人は逃げたい。回避したい。

 

気持ちが分からなければ切なくないし、悲しくない。

 

しかし、

だからと言ってソレする?というなりふり構わず奪う様や、罪悪感を押し付ける行為も切ないし悲しい。

 

あぁ、人間って・・・

と思っていると、不思議なことに、割とカモになると思われやすいという時もある。

 

 

カモになるかと思ったら

「それに乗っかってこない」とそのうちに気がついてくると、負けじと、コントロールしたくて一層揺さぶりにかかられる。

 

だから、私は離れる。

 

 

乗っかるふりをするのは、誠実な行為ではない。

正直にNOと言えるならいいたいというのは、ただの私の価値観です。

 

 

責任を押し付けられても

人生を押し付けられても

それと闘っても意味もないし効果もないと学んだ。

 

 

助けようとか

救おうとか

正しいことを教えようとか理由をつけても、

その目的が自分の好みに相手を変えようとするのと結局同じだという事も学んだ。

 

こんな様子がとっても分かりやすく書かれているノンフィクションがあった

私の体験は、この及川眠子氏ほどじゃないけど、やっぱり体験としては非常によく似ているところが多い。

 

ここまでの文章をかいて、下書きに保存していたものの、

私の体験をつぶさに書いても、伝わるように書けるのかな?と先延ばしにしていたら、神様がこの本を私の目の前に登場させてくれた。

参考図書(タイトルの文字列にAmazonへのリンクが貼ってあります)

人間の関係の物語(ノンフィクション・体験記)についてとても分かりやすく書かれている書籍に出会いました。(タイトルの文字列にAmazonへのリンクが貼ってあります)

 

破婚: 18歳年下のトルコ人亭主と過ごした13年間

 

心理や精神に興味のある方は読むことをお薦めする。

これをただのゴシップとして読んでしまうようなら、心理・精神の仕事にはあまり向いていないのかもしれない。

外国人だから。というバイアスこそいらない。

日本人にも同じようなタイプはいる。

 

会話にも非常に特徴が表れている。

虚言や、作為を信じていく様も良く書かれている。

 

信じたい、信じている最中のヒトには

「おかしなことが起きているから気がついて。その人が言っていることは嘘ですよ。注意してください。」と例え善意から真実の忠告(言葉を発して)も、それは往々にして信じて貰えない。

かえって嫉妬してるからだとか、告げ口する卑しい人だと思われて、怒りを発射されて、相手には通じないという事も良く書かれている。

 

私もこういった体験がある。

 

信じていて忠告が耳に入らなかった経験もあるし

忠告して、見事に買わなくても良い怒りをかったり、強い弾き方に傷ついたこともある。

信じている最中は、善意の忠告も通じない。

相手が、その人を信じたければ、よしんばそれが正しい注意報や警報でも忠告したあなたはその時信頼を失うし、良かれと思っての忠告(本音)だからこそ跳ね除けられた分傷つく。

あとから、あなたの言っていることは正しかったね。と気がついてもらえる可能性はどのくらいだろうか?

その本人が、自分の選択が違ったということを認めたくなくて、抵抗している間は無理だろうというのは体験談だ。

 

選択が違ってやり直すことなど人生には山ほどあるはずが、やっぱりプライドが許さない範囲のことが人間にはあるものだから。

知人の例

私はそれで傷ついた知人も見たことがある。

私は彼女が良かれと思って忠告する前に、「相手の方はきっと信じないよ。無理だよ。耳に届かないよ。」といった。

きっと彼女は、自分の正しい注意報、警報を信頼してくれると願ったんだと思う。問題の人物と自分を比べた時に自分の意見が選ばれると思いたかったんだと思う。自分が選ばれることを信じていたし、よくぞ気がつかなかったことを教えてくれたと感謝すらされると思っていたのかもしれない。

 

その結果は信じて貰えないばかりか、この書籍の事例よりは怖くは無いが、ひどく侮蔑的な顔で「へぇ」と言われて強く傷ついていた。

信じて貰えない上に、予想外の侮蔑を貰ったわけです。

 

だから、知人も、相手が自分の話を信じてくれる人だ。と信じたんだと思う。信じていただけに、けんもほろろだったことに傷ついた。

 

正しければ通用するってもんでもないことがある。

結果的に、私の忠告だって、なにも益を生まなかった。

 

いろいろ体験して思う事は、

頭脳や感情が冷却する時間が長くかかることもあるし

見たくないもの(自分のミスだと思いたくないこと)を見る、受け止める心体の体力が育つまで時間がかかることもあるし

修正する勇気も必要だろうし

気づくだけのデータ(体験)量は人によって違うようだ。

 

 

だがしかし、あまり重傷を負う前に、気づいてほしい。

 

できれば関係のない責任を負わないでください。そして、与え過ぎが状況を悪化させるケースがある。というタイトルを書いたが、

もうこれに尽きます。

 

善意が報われるとは限らない。

善意の「与える」という行為が、ヒトをダメにしてしまうことだってある。

疾患が進むことだってある。

 

 

そのあたりを見極めることも人生では大切なんだと今は思える。

 

最後にもう一度。

この書籍を読んでみてください。

あなたが信じていることが、実は全然違うという事は遠い世界の話じゃない。

 

かえって、とっても身近な出来事だと思う。

 

これに気がついて、痛手をおっても、

また生きていこうとした時に、ヒトは強くなるようだ。

ホームページをもっと利用する方法

EBISUさん

コラムを読んで下さる方から、「あぁ あの記事がよかったからもう一度読みたい!と思っても、沢山記事があって探せない(困)」と聞いたよ。

 

心体カウンセラー 武田美紀

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(2019/04/14)

 

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