ブラックホールについて書き洩らしていました

「宇宙の地平」と私達の認識の相似形について私風見解

前回の記事でひとまず完結した気分でしたが

書き終えて、自分のこれらの記事の元になっているノートを見たら、

ブラックホールについての自分のメモが。

 

・・・しまった。前の記事の最後に書き加えようと途中まで覚えていたのに、忘れたんだ・・・・

 

とお粗末な事になりましたので、今日は短めにブラックホールのところだけ書きます。

連続ものの記事なのでこれまでの記事に目を通していただきます様、宜しくお願いいたします。

 

 

ブラックホール

これまでの記事でこの2つの図をご紹介しました。

 

「宇宙の地平」について書いた際に、ヒトによってこの地平点が異なるということを書きましたが、この違いは「脳」の違いという事を言いたかったわけです。

 

参考記事の中に、ブラックホールについても述べてあり、

宇宙の地平がブラックホールと同じ要素だと書いてありました。(あったと思う) その理由は、その境界より以遠の物体は「ない」「私達に届かない」、その中(ブラックホール)にあるものは私達にとって「無い」「私達に届かない」からです。

 

しかし、私の中には、意味合いが同じでも、ブラックホールは宇宙の地平よりもこちら側にも存在していると思えますので、ということはこれは人間の何にあたるだろうか?と考えるたんです。

 

すぐに頭に浮かんだのは、認知症などによる記憶の喪失でした。

 

認知症で、もう一生思い出さない領域に入ってしまった記憶のようなものは、ブラックホールに入ったようなイメージではないかと思えます。

例えば、体には手術をしたいう痕跡(例えば手術痕)が残っていたとしても、手術をした記憶はブラックホールに入っているのなら、当事者には手術したという事実も「無かった事」になるだろうと思えます。

 

ですから、

宇宙の地平というものと私達の脳の機能について関連性を勝手に書いていますが、どちらかというと、こっちは「無いものはない」「人生に登場しない」という意味合いの認知だったり、脳のクセの結果だと思えますが、

ブラックホールを脳の機能に見立ててみると、「有ったけど無くなった」という意味で「無い」「復活しない」になり、これもある種の脳のクセとも関連がある様に思えるし、疾患や障害による後発的な原因による場合もある。

 

自分で真実を見ることを放棄するような心理状態や脳のクセがあったとして、結果、自ら真実をブラックホールに投げ入れるような心理・精神作用を起こすこともあるでしょう。

この場合は、自分で真実を見ることを放棄するような心理状態や脳のクセにより宇宙の地平点がとっても近いなんてことの場合もありそうですが、これが宇宙の地平ならば、カウンセリングやセラピーでそれらが受け入れられるように変化する可能性は「無い」わけですよね。

 

私なりにこの仕事に就くずっと前から。というよりも、意識がはっきりしてきた頃から1回しかお会いしない方も含めて何万人なのか何千人なのかわからない皆様と接してきたり、拝見してきたわけですが、(またその逆に私も皆様の目の前を通過してきたのですが)持って生まれたものがその方の宇宙ならば、「無い」ものが発生するようなことは、そういった変化というか現象が起こるとしたら本当に本当に奇跡的な確率じゃないかと思う時があります。

 

余力というか、余白のようなものすらそもそもが各自の脳内にセットされているだろうから。

 

法則的には、『「無い」ものが発生するようなことは、そういった変化というか現象が起こるとしたら本当に本当に奇跡的な確率』どころか確率はなく、ゼロだろうと思うのですが、今の段階で基本に考えられる「法則」を無視した出来事もあえてあるという例外を残しておきたいような気持が私にはあるんですよね。

 

かなり小さそうな確率だから、私が今の人生でそれを目視・認知することは無いのかもしれないけど、「あるかも」という可能性だけは残しておきたいような気持です。

 

それは、この参考誌(こちらの学説)に書かれていた超弦論という、

「宇宙の10次元説」ということにその可能性を感じても良いんじゃないかと思っています。

 

そもそもこのマルチバース(多宇宙)という空間は「確率空間」にその存在を語られているものだそうなので、真実は誰も見たことが無いわけです。

 

「無い」ものが現れるその時に「時間」が面白い役目をするかもね!なんてことも考えてみると楽しいですね。

(2018/12/21)

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