ひらめきや気づきの際の感覚の感じ方

本日は前回のコラムの続きです。

イメージを実在化する。私風「引き寄せの法則」の納得のいく解釈。

 

 

ひらめきや気づきに必要な「量」

気づきたいと焦っても、閃きたいと焦ってもしょうがない。

そう言う焦りは、時として幻聴や幻覚を生む。内部対話と「気づき」「ひらめき」の違いが認識できなくなってくるという厄介な副産物を生むときがあるようだ。人生のスピード感を知るという事も大切だと思うし、時として忍耐力が必要なことがあるようだと今は感じています。

 

さて、今日は「ひらめき」や「気づき」が起こる時の脳内活動イメージについて書いて行きます。

なんだか、物理の雑誌などで解説されていることと似ているようだが、物理の解説は得意な方にお任せしたい。

「量」とはなにか?

 

1、画像編集の方にはお馴染みの「レイヤー」

レイヤーを何層も重ねて1つの映像を創る。あれである。

レイヤーの数、量。

2、ボンヤリと見る

河合隼雄先生も「ぼんやりと見る」とおっしゃっていたと思う。

昔、私は書籍でその文章を読んだ時に(わかる気がする)と思ったのを覚えている。

その「ぼんやりと見ている範囲・情報の量」ということにしておきたい。

 

3、半眼

以前、半眼という行為について書いたことがあるが、

変わったのだろうか? 

 

一見「量」の話とこの行為の内容が異なるように感じるが、本質はその実1つなのかもしれない。先述の河合隼雄先生の「ぼんやりと見る」という行為と似ているが、この項であえて書き加えるならば、

フワフワせずに、目の前で起こっていることを見るために保っていられる意識の「量・熱量」というような意味合いを含めてみたい。

その本質を観ようとしているならば、その半眼は、(後述の)レイヤー串刺し機能を果たしているだろうから。

 

4、層

層(同じ 層 という言葉を使っていても、どうやら感覚が違うようだと感じたことがあった。不思議なもので、同じ言葉・表現を使っていてもその感覚が共通しているのか否かが分かる(ような気がする)時がある。あくまで感覚なので、よくよく理解したら2つは一緒と言うことだってあるだろうが。)

私個人の感覚ならば多次元・マルチバースとも言えるが、これとはまた別の感覚でこの言葉をお使いの方もいらっしゃるだろう。どちらも「層」であり、正誤も優劣もない。

しかし、私の表現したいことと内容が同じかどうかは不明。

 

5、水を飲みたいと思う前に手はコップへと動いている。という理論

正しく書ける自信がないので、こちらの記事をシェアしたい。

 

「意識による判断の7秒前に、脳が判断」:脳スキャナーで行動予告が可能

https://bit.ly/2SbxGQ7

この理論で言えば、私が前回のコラムを書いたのは、脳が先にコラムを書き終わっていた(書き始めていた)ということになるだろうか。

 

確かに思い当たる節があって、そのためのレイヤーが揃っていく感覚と言うのは何となくあるものだし、私は脳で聴いている言葉、読んでいる言葉をタイピングしているに過ぎない。

 

前回書いた「法則への違和感」というのは、仮採用で試用期間があったものの、その法則を本採用するにはまだレイヤーが揃っていない。という脳の判断により、それが意識へと現れて、「そう感じた」という事になったという考え方ができる。

 

力技になるが、「現実化するまでの条件の量」ということにさせていただきます。

 

ドラマ「SPEC」を思い出してみよう

SPEC(スペック)というドラマがあった。(映画化もされたはずだ)

あのドラマの中で、主人公の女性が事件に関するキーワードを習字で書いて、それをまとめて破ってフワッと投げて、その状態でインスピレーションを得るシーンがあるが、あれは秀逸だ。ああいう映像を創ろうと思い浮かぶ時点で製作者は脳の使われ方を自覚していると思うし、映像の表現方法も素晴らしい。私は非常に感動した。喜んで「クリエイターの仕事だ!」と賛美したい。

 

私はああいう特徴的な動作はしないものの、ああいうことをやっている。

※あのシーンを見て、(そうだよ。脳内でそう言う事をするよね。)と思っていたものの、私が文章化できたのは随分年数が経った今である。

 

おそらく河合隼雄先生がされていた「ぼんやりと見る」というのも、似た行為だろうと考えています。

 

私の場合はレイヤーの串刺し

 

私の場合の脳内活動のイメージは、事象のフラクタルや共通項、本質(と感じるもの)などがそれぞれのレイヤーとなり、とあるタイミングでそれを串刺す。

(書いて何度目に読み返して思い当たったが、こんな映像が既にあったような気がしてきた。紙を投げて、剣か刀で刺していたような作品(アニメ?)が無かっただろうか?)

 

冒頭辺りのレイヤーのような図や、下のレイヤーのような図を物理(だろうと思うが自信はない)解説雑誌で見かけたような気がするので、こういった現象について既に名称があるような気がする。

 

統合ということの一分野に属するのかもしれない。

 

だから、私の場合は焦っても串刺せない。レイヤーが揃うまでの時間やご縁やタイミングが「待ち」の時間のような気もする。

そして、悲しいことに知識や情報を集めるだけではレイヤーを串刺しできない。執着心はこういった際に加勢せず、返って阻害因子になるような感じがある。体験が培養液になるように感じている。

 

ポイント?

脳の中では上述のようなことが同時進行しているわけだが、そのためにも(?)、1つ1つにこだわらないし、探求しないし、一気に情報をたくさん集めない。サラッと調べることは有っても、割と流していくイメージです。

1つの世界に没入しない。

 

1つの世界に没入することを優先する案件もあるが、こういった「ひらめき」「気づき」は ぼんやりと見る ということが大切な時がある。

 

知識や情報の海に、それらと一緒に脱力して漂っているようなイメージだ。

こだわり脳とは真逆の「こだわらない脳」が大切だ。

 

 

日頃は脱力していて、意識を向けたモノに関して「ひらめき」が起こるような集中が起きた時に、串刺し現象が起こる。というような感覚のようだ。

私にはこれが解説できる知識が無いので、先述でご紹介した通りおそらく素粒子か量子論か、なにかそんな理屈で解説できる現象だろうと思う。

 

その理論、またはその理論の発展形は多次元構造というような「層」の上に成り立っていることだろう。そして、時計(時間)はその形成の問題(支障)にならない。

 

 

そうだ、これこそ、イメージの具現化という状態かも知れない。

引き寄せと言わるものの1つの例だと言えよう。

 

わぉ! (^^)

注意点?

ということは、あなたの生活が社会の平和の元に成り立っているのだとしたら、闇や争いに関心を引き過ぎるのはあなたの生活の足元をすくう可能性がある。

そのあなたの関心がどの次元で現実化しているのか不明だが、今のこの次元Aに現れたら困るのはあなたでは無いだろうか?

 

そして、あなたの仕事やあなたの生活が、今の社会より厳しい環境になっても成り立つかどうかすら不明な方はいらっしゃるだろうか?

 

これらの法則を信じていれば尚のこと都合の良い時だけ引き寄せの法則は利用できないだろう。あなたの「恐れていること」「なって欲しくないこと」「世界の闇」「噂話」などが具現化されることになるはずですよね? だって潜在意識は良いも悪いも判断できないっていう専らの解説がありますから。

なのにそこから意識を離せないのは、中毒化しかけているか、既に中毒になっているのかもしれない。

 

これは単純なポジティブシンキングを推奨という話をしているわけではなく、強いて書くのなら「フラット思考の薦め」というようなことになるだろうが、意識を離すためのレッスンとしてはそれらの情報から距離を置く事が先決だろう。

しかし、猫をも殺す好奇心 “Curiosity killed the cat.” があなたをそうはさせない。

そんな時こそ、脳の脆弱性という言葉を思い出して、意識で踏ん張るしかないんだろう。

 

唐突ですが、例を加えておきます

今回のこれまでの流れをぶった切ることを承知で、前回のコラムを理解するうえでまた別の身近な例を思いついたので書いて行きます。

例:夕飯のメニュー

私は頂き物のキノコを調理しようと台所に立ち、

  1. 白菜とキノコを炒めるつもりだ。そのために白菜を買ってきた。塩と胡椒でシンプルな味付けにしよう。
  2. 白菜とキノコを炒める。そうだ! それにあんかけをかけて仕上げてみよう。
  3. 今日は他にも白菜のスープを作ろうか?
  4. キノコのスープも良いのかもしれない。

というような事をイメージした。

イメージした時点で具現化している。イメージ中に出来上がった料理を味わっている。

その結果、2.を選んで、調理と言う行動を通して私の今の次元A(昨日の引っ越しを例に挙げた時と同じ次元A)に登場させた。

1,3,4もそれぞれの次元で具現化しているが、上の調理を始める時点ではイメージしていなかったがその後友人からの「網焼きも良さそう!」という情報が加わって 

5.網焼き が具現化に加わった。味も何となく予想出来ていて「美味しそう」と感じている。

明日、今の私の次元Aに 5.網焼き を登場させるために「グリルで焼く」という行動を起こす予定だ。

 

壮大な引き寄せ話に魅了される気持ちも十分理解できるつもりだ。だって私も「1年以内に一億円引き寄せる♪」と笑っていた過去があるもの。

そして、1年以内には引き寄ってこなかった訳だが。

 

この時に、「時間を考慮する」という説も耳にしたことがあるが、おそらくそれも一理あるんだろう。

脳内は「時間の縛り」ということから解放されているようだし。

 

いろんな考え方ができるが、イメージした時点で叶っているという説に忠実になるのなら私の書いた次元説もイケてると思うよ。(笑)

 

しっかり生きる

法則やスキル、テクニックを利用して、楽な人生を生きる方法を知りたいという情熱を、しっかり生きるという方向性へ変換したら、今より余程早く叶う事も中にはあると思う。

例えば多くの方の関心事であるお金なども、先ずはある程度貯めて、それを運用するということを実際に行っていた方が、引き寄せの法則の本やグッズ、セミナーにお金を投資するよりも余程早く目標額に達することだってある。もちろん、引き寄せの本を読んだり、おまじないに属することに出費したり、セミナーに参加して得るものは何かしらあるから、投資した後に「体験」というリターンはある。

が、お金を増やしたいのなら選択肢は今とは異なることだってあるだろう。

 

そして、いまの社会経済状態だと、ただ貯金しているだけでは資産価値は目減りしていく。ということは、貯金というのは、「お金を増やす」という希望にそぐわないこともある。出費額よりも多く稼ぐとか、お金を増やしていく方法(運用他)が適していることもありますね。

 

私の場合、「しっかり生きる」という事には、こういったこと・意味も含めて考えています。

 

 

私は著名人でもないし、有名でもない、マスメディアで取り立てて注目もされていない。

が、私の書いていることや考え方を尊重してくださっている方は居てくださる。

 

また別に、参考なのか、無断転用なのかは微妙なケースもあるだろうが、まぁそれも世の常だと思っている。私も過去、ある程度の倫理観は守ってフェアでありたいと思ってきたつもりではあったが、完璧とは程遠かったんだろう。微妙なケースと同じように私も自分の血肉を創ってきたことだってあったのだ。

自分の人生が歩きづらいことに理由があるとしたら

 

そこを気にするよりも、考え → 表現する ということで、どなたかのシナプスの繋がりをサポートしているのなら、それは循環を生んでいると考えようと思うようになった。できれば平和や安全や安心という事のお手伝いができていれば良いなぁとは思っているが、全ては「買い手」の自由だ。

 

私のことを「認めないぞ!」と頑張っておられる方も居るだろうと思うが、もうしょうがない。なので、尊重して頂ける方のなにかのお役に立つことがあるのならこれ以上の幸せはない。競争社会には向かない性格だが、考え続けるということは得意だ。

今しばらくそれをこのようなコラムと言う形や、実際にお会いした時(オンライン、リモートのセッションや講座も含む)の対話に活かしていきたいと考えています

 

私のコラムなどが、世間一般ということではなくて、なによりあなたの為、あなたが今より自分の人生に楽しさを感じるような「気づき」が起こる時の必要な量のレイヤーの一枚になりましたら幸いです。

 

いつもありがとうございます。

感謝を込めて。

精神保健福祉士・心体カウンセラー™ 武田美紀

 

(2021/04/29)

 

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