人智学という考え方ー4 運動感覚
健康とはなにか?
こちらの書籍 魂の扉・十二感覚―人智学講座 (耕文舎叢書 (3) による健康とは、エーテル体の状態が指標となるようです。
私はこの辺りは詳しいわけではありませんが、面白かったのはアストラル体についてです。
人智学で、運動感覚はアストラル体と呼ぶそうです。これの説明として、自分の手足が動いているのを内側から感じるということでした。私はこれが得意です。結構敏感な性質だと思います。(脳の状態を感じる方も私以外にもいらっしゃいますよ)同じようなこの「アストラル体」が敏感な性質の方にセルフケア講座をお伝えすると、講座はマッハで進みます。これは相手の感性を憑依させていたり、コピーしているミラーニューロンとはちょっと違います。私の場合は、相手の方がどの位アストラル体が敏感かをキャッチするのも得意みたいで、おそらくそれは、アストラル体と電気信号がなにか関係しあっているからではないか?とこれを書きながら仮定しました。
(なにか関係しあってるというより、絶対していますよね。生体電気や生体磁場があるのなら)
で、これとまたちょっと異なる方向の体験談を1つご紹介します。
熊本のEIKOちゃんに伝えたら、ピラティスの先生のEIKOちゃんから「それは中々良い感覚ですね」と言われました。(他にも左右の足のバランスをどう感じるのか?と質問された時も感じたままをお伝えしたら「鋭いですね(笑)」とほめてくれました。)
それは、1日1回の散歩(ウォーキング)の際に、(あれ?私の足が胸の下(身体の内部ですが)から足になって、足が凄く長くなってるぞ(◎_◎) なんで?)と思い、(まるで馬になったみたいだ)と笑えてきました。
写真の女性のAの長さが普通に感じていた足の長さでした。意識しても、せいぜい骨盤を含む程度だったのに、それがある日、☆印の辺りから下が全部足になった。足の長さがBに変わりました。
すると、瞬時に馬の姿が目に浮かびました。
というのは、私は馬が歩く姿を見るたびに「目には 足と言うのはCに見えるけれど、動いているのはDから足だな」と思うからです。
ですから、自分の足が長くなり、胸の下から足になったものだから、まるで馬のようだな(笑)と心の中で笑ったわけです。
私も身体のことを学んでおりますので、馬みたい!と思った後、体の構造を考えましたらば、「そっか、大腰筋の動きを今までで一番感じたんだな」とわかりました。
同じように歩いていて、ある日突然(あら?)と体の深部(内部)をとてもハッキリと感じられるという事は、アストラル体を感じる能力が変化したんでしょうね。
というのが体験談でした。
ウォーキングを習って、知識があった上で「大腰筋を意識したうえでの足の長さの変化」ではなくて、な~~~んにも考えていない時に(あれ?!)と感じて馬をイメージした。
きっと体内の構造知識のない時代はこれと同じように(またはもっと敏感に)アストラル体を感じる事が出来た方が(あれ?)という WHY?(なぜ?)と感じた事から医学などはスタートしたんでしょうね。
なぜ?を忘れると、アストラル体の感受性も鈍くなるのかもしれない。という仮説は飛躍し過ぎでしょうか?
いや~~~ ↑こっちのコラムも書いておいてよかった。
流れが良いですよね。
ルドルフ・シュタイナー先生に賛成!
ルドルフ・シュタイナー氏と書いていたくせに、急に先生と書きます。いや、元々「先生」という意識はありますが、直接お会いしていないのでその距離感も表現したかったのも「氏」と書いている理由ですが、これは我慢できずに「先生!」と書いてしまいました。
それは
言った事を単純に信じてはならない。そうではなく、それを自分で研究し、見つけ出すべきなのだと。
という文章が登場したからです。
私はこちらで、鵜呑みと書きました。
そして、今まで私が自主研究という表現してきたことや、行ける所まで行こう!という感覚もシュタイナー先生的には
なぜなら、
この種の研究に終わりというものがありません
とも書かれていたからです。
次回は
生命意図という事に触れてみたいと思います。
意図と言うことについては過去にこのようなコラムも書いていますが、今読み返すとわかりづらい!
上のコラムでは
「内からの自然発生に任せる。統合の自発性に任せる。」のと「統合のアルゴリズムを今から行いますよ」という時点で目指すものが異なるんですね。
と書いています。書いている私自身は なかなか良いこと書いてる。と自己満足できますが、読んで下さっている方にはわかりづらい(泣)
申し訳ありません。
下の記事も、ニュアンスをお伝えしたくて奮闘しておりますので宜しければご一読ください。
(2020/12/16)

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