あなたのその怒りについて
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あなたのその怒りについて
怒りを感じた場合に
- 怒りを感じる自分を反省するケースもあれば
- 自分の怒りは正当なものだと捉えるケースもあります。
1の反省をして対処する方法のみを選択している方にはこんな言葉を贈ります。
「怒りを感じるのは罪ではない」
2のケースで、正義という盾を必要としている方にはこんな言葉を贈ります。
それは何かの否認の代わり・現れではないですか?
他にも多くのケースがあるでしょうが、「怒り」だけを自分の都合よく処理することは思っているより難しいでしょう。
それは、感情や思考というものは感情をクレヨン単色で色分けできるかのように単純ではないからです。
感情や心理は水彩絵の具や油絵の具を色を混ぜ合わせたり、溶かし合わせたり、薄めたりということにより出来上がる色と同じような、単一ではない特徴があるからです。
怒りに向き合うのならば、悲しみや喜びや憂い、不安、恐怖をはじめ様々な他の感情との連携に気がついてほしいのです。
また、自分の理想とのギャップも関係していることでしょう。
他人の怒りにあなたが反応している
機嫌の悪い人のそばにいると、自分まで怒りが湧いてくる。こんなこともあります。
怒っている人に感じる恐怖、罪悪感も実際のあなたの反応です。
ではなぜ?
怒っているのは他人なのに、何故あなたが反応してしまうのでしょうか?
ここは反応してしまっているご自分の感情に囚われているという事から何とか距離を置いて頂いて、
「さてどうしてなんだろう? なぜ私がこんなに胸が苦しくなるのだろう?」「私まで怒りがとまらないのは何故だろう?」と考えて頂きたいのです。
これこそがとても大切な時間です。
一旦その感情に囚われている状態から距離を置く。このような変化を起こす際に心体カウンセリング™ はお役に立ちます。
それはどのようにお役にたつのかと言いますと
自分の置かれている環境・状況の現実を知る。
思い込みをおさめて、自分自身に現実を知らせる。
このような事だと考えています。
書くのは2度目になりますが、イライラする「怒り」だけを、服についた糸くずのごとくそれだけをつまんで捨てる。というような手法は返って遠回りなストレスケアだということをお伝えしたいです。
なぜなら、怒りが湧いているのはあなたのカラダ、心、脳、内臓なのですから。
服についた糸くずと違うのは、その怒りは現在のあなたの一部だという事です。
他人の怒りの原因を全て自責にしてしまう癖のあるかたも同じくです。
他人の怒りを全て一手に引き受けてきてどうでしたか? 環境は改善されていますか?
もし辛いままでしたら、一度現実を見てみることをお薦めします。
怒りを服についている糸くずのようにそれだけを捨てること
ここでまた、映画の中の一言をご紹介します。(映画だったと思っていますが、書籍だったのかも・・・・)
自分もわかっていないのに、人のことなど評価できようか
自分のこと、怒りの原因もはっきりわかっていないのに、怒りの対象を責めるだけでは何も解決はしない。
このようにも書けるような一言ですね。
ひょっとしたら心理学者(または映画の中の心理学者)の人生訓、職業訓だったのかも知れませんが、これは今回書いている「怒り」について考える時にもそのまま使える言葉だと思ってその時記憶しました。
3度目になりますが、糸くずのように怒りだけを簡単に切り離すというようなことは、出来るつもりにはなりますが、それは他にしわ寄せがくることが多いことを知っているため「非常に難しいですよ。」と言葉を添えたくなります。
かえって、そうまでして自分の心の内側を見ようとしないのは何故だろうか? という気持ちが湧いてきていました。
それが当然の心理と知るまでは。
最初は否認が起きるものなのです。それが心理の回復ステップの最初に起きること。
怒りを認めないこともそう。
ひょっとしたら、あなたのその怒りは、否認の次の段階の「怒り」の真っ最中なのかもしれません。
だとしたら、回復ステップは順調に進んでいるのですね。
一度お話をしにいらしてください
- あなたのその怒りについて
- あなたが恐れる他人の怒りについて
- あなたが感じる罪悪感について
- あなたが納得いかない正義感について
- あなたが感じる不満について
疑問、常識、なんでも一度話してみると気がつくことが多いです。
こんなことを話したらどう思われるだろう? と心配される方もいらっしゃいますが、
実は私はそういうことは考えておりません。
お話を伺って私が考えたりすることは「ストレスからの改善のためのきっかけは?」「セッションの進め方」「バランス調整のポイント」というものです。
先述の「評価」などは私の仕事ではないんです。
ですから、怒りについて話すあなたのお人柄を評価することはない。話をお聞きした方と言ってどうも思わない。という表現が近いですが、決して無関心ということではなく、お人柄を評価するようなことは私の心体カウンセリング™ の目的とは違う。という事です。
どの位カウンセリングを続けたら良いですか?
否認も、否認に続く怒りも、回復の過程に現れる他との取引も、抑うつも経て、受容まで行くことを目的にしています。
受容までは数回の心体カウンセリング™ が必要だと今までの経験でわかりました。
人によっては数か月かかります。(1か月1回で6回心体カウンセリング™ を受けると単純に6か月です)
しかし、否認の段階のまま長すぎる時間一人で格闘しているよりは断然心体カウンセリング™ をお薦めしたいです。
認めない。という状態で数年、数十年時間を経過する方もいます。
人生を怒り続けて終わる方もいます。
それはやはりその人生を選択したということでしかなく、良い悪いでは無いのでしょうが、
時間は誰にでも平等である。という事を考え、
受容のステップへ進む。という選択をお薦めしたくなるのは 私が心体カウンセリング™ を行っているからです。
そして、私自身が受容のステップへ想像より早く到達することを体験済みだからです。
人生は有限で、ストレスケアをして心も体も軽く感じるような人生の一時があっても良いと私は思っています。