マニアックや不思議もストレスケアに活かしたい

念のため、私の想いを書きます

メンタルヘルスケア、ストレスケアをいつでもどこでも

タイトルに「マニアックや不思議もストレスケアに活かしたい」と書きました。そう、マニアックや不思議に傾倒していくのではなくて、それを活かせるのなら活かしたい。

 

自分でも、それなりの不思議体験をしてもどうして私はそっちに傾倒していかないのだろうか?ということも不思議に思っている。と今までも書いていますが、最近この自分の姿勢がちょっと紐解けたような気がした。 きっと現実主義者なんでしょうね。ですから軸足は「現実」に置いておきたい。

多くの場合、「補助線0(ゼロ)=幸せ」ではなさそうだ

 

マニアックな記事も書いていますし、勢い余ってUFOとかまで登場していますが、

  • それらの要素はストレスケアに取り入れられるのか? 
  • そこにはストレスケアのヒントはあるのか? 
  • ストレスの仕組み、ストレスケアの仕組み

というような視点が私のアンテナになっているようです。

ですから、そういった不思議だとかナントカと言うことに囚われている場合じゃない。健康的に活かせるのなら活かそうよ! というような事のようです。

 

物事の真理を追求と言うことよりも、生き易さ、暮らしやすさへベクトルを向けるには? ということに興味があり、そのために「人間」を知りたい。

多くは、良くなるために何かを得ようとしたり、知ろうとするが、今現在、私はその反対で、何を得る必要が無いのか?手放したら良いのか?どうやったら過去の自分のために知っていたことを忘れて、新しい「今」のためにその過去に培ったつもりの知識への執着を無くすか?という類について関心を持っている。

そういった必要だと言われ続けてきた事を洗い直してみたいとも思ってきた。今一度リソースとみなしていたものを見直す余裕と時間をもつ御提案と表現すると伝わるだろうか?

自由

また、どこまでヒトは自由になれるだろうか?とも考えていますし、興味があります。

今の人生で、仕事をしたり、学校へ行ったり、親として、子として、と様々な環境の中にヒトは生きていますが、現在と同じ環境に居ても視点や感じ方が変わると自由感が増えていきます。自由を望まない方はお好みの制限(バイアス、執着、意識の向け方など)の中にも生きていけるし、自由を望む方は環境に縛られない自由も感じる事ができると思っています。

「自由」を望んだ時に、それが感じられるような選択肢があると良いなぁと考えているんです。

 

特別な真理を知りたいという個人的な欲求ではなくて、この現実や生きている空間で、何が苦しみを生んでいて、それとどう付き合っていけば人生を大切に感じられるのだろう?、生活と密接している個々の生き易さとはなんだろう? という私の興味、思考や嗜好や体感や経験がストレスケアをおススメする情熱の元でもあるようだ。

何か遠くて難しくて、複雑で、探す必要があるという先入観を取り払って、「今より安心して楽になりたい」「暮らしやすさを体感したい」ということに興味が湧いた方に、私の体験や個人研究がヒントやお役、またはレイヤーの一部になったら幸いなのです。

信仰や思想、教えというものにさえ人間は大きく揺さぶられ自分を失う(見失う)時があるのですが、現実的に、そのご本人のその時のストレス、苦しみ、悩みから解き放たれる方向性に沿っていればこれらを過剰に用いなくても良いだろうし、私が立派なナニカである必要もないし、それらしく見えるスタイルを装う必要も無いだろう。

私が心がけておくのは、自分の心体を良好にしておくという単純な事で良いとも思っています。

 

ご本人が活用しやすくて、日々の生活に活かしやすくて、ご本人さえその気があれば毎日「身一つ」でどこででも、手元に何もなくても出来るストレスケアがあれば良い。非常に現実的な人生のお供として使えるものが良い。自由度の高いものが私は好きです。

ですが、ヒトは自由にすらストレスを感じて、ある時は自分を見失います。これらも私たち人間の特徴だと思っていて、上手く折り合っていけたら良いなぁと考えています。

 

個人セッションや講座について

ですから、その時のお1人お1人のメンタルヘルスケア、ストレスケアに期待するところをお聞きしてセルフケア講座も進めています。

セルフケアで難しいところは個人セッションを利用して頂いたり、練習会を活用して頂いたりしています。

セルフケア講座 自分でチャクラと五行を整えてスッキリ! アイテム不要! 

 

心体カウンセリング™ について

 

シンプルに

何度も繰り返し書いていますが、信仰や思想、教えというものは当のご本人が選択する事であって、私が啓蒙する事じゃないと考えています。(ストレスケアを進めるために、しばらくの間、価値観や常識をちょっと見直していただいたり、保留にする練習をして頂くこともあります)

 

今の当たり前を見直してみたら、それまでになかった「自由」を感じることだってありますからね。

ブラックホールとホワイトホール

これまで書いてきた想いが私にはあるようなので、

「個人的にある日突然(あ! これ良いじゃん)とやり始めたストレスケアのワーク」

については、なんとブラックホールとホワイトホールを(両方有るとしたらですが)利用したストレスケアのワークでした! 

というワークもセルフケア講座のオプション編Aの際か、または、オプション編Aを受講後、安定してきて、気分や感情もケアをする習慣がついてコツも捉えてきて、好不調があっても「自己」がしっかりと感じられる状態になられて時にやり方をお伝えしています。

 

この方法は精神が不安定な時は上手く使いこなせない時があるかもしれません。がしかし、そんな時は基本のセルフケア講座の内容が適しています。

 

ですから、ある程度ストレスケアによってバランスが安定して整うようになった後、ブラックホールとホワイトホールというような仕組みや陰陽論的宇宙感が利用できるようになると、なお一層才能を伸ばす働きというか、感性を伸ばすというか、自分の人生に向きあってみたいという覚悟ができてくるように思えています。

 

オプション編Aでお伝えするのが早いと感じたら、お伝えするのは少し後になります

ストレスケアの方法を知っても現実の生活に採用して頂かないと意味が無いし、ただスキルを習得するだけではメンタルヘルスケアにもストレスケアにもならないのでご本人の状態を確認してからオプション編Aの内容としてお伝えすることが良いと思います。

 

早く知らなくちゃ!と焦らなくても大丈夫。

 

私もずっとメンタルヘルスケア、ストレスケアをしてきて、それまで自分にあるとは思ってもみなかった才能や感覚に気がつけました。

 

ストレスケアについてずっと研究して実践しているうちに感覚というか、身体の機能が陰陽論的にどんどん自然に沿って行くような事があっても不思議じゃないですね。

あなたにもこれと同じような事が起きることでしょう。

じっくりやっていきましょう。

前回のコラムの補足

脳コチョコチョの1つの例

前回のコラムの参考として、 映画「ドリームキャッチャー」 を挙げました。

 

前回この映画を見たのが何年前がさっぱり記憶がないし、タイトルをみても内容を全く思い出せなかった。実際に映画を観始めてようやく(そうそう、こんな話だったね)と思い出しましたが、書いてきたコラムを映像化したような部分があったのでそこを補足します。

 

 

「意識は脳の電磁場に宿る」脳のWi-Fiで無線エネルギーをキャッチ! 自由意思の謎に迫るセミ・フィールド理論とは? って一体どんなこと?と思われる方にはこの映画の内容はそれらをイメージしやすくなるサポートとして良いのではないだろうか?

 

というのも、映画の中に、まんま意識を操作されちゃう人間が登場するからである。誰に操作されちゃうのかと言うと、それはエイリアンだという都合の良さだ。(私のコラムにエイリアンと書いたところだったので、一層イメージしやすいような気がして驚いた。笑)

影響を受けていることを自覚できる時

そして、もっと都合が良いのは、映画の中に意識を完全に操作されない人間も出てくるからです。

 

以前のコラムに、「人体を構成している素粒子の結合がゆるいと他人の磁場の影響を受けやすい」という勝手な想像を書いたが、映画の中の操作されない人間は完全には脳コチョコチョされない「脳の遊び」の部分があるという設定だった。

脳コチョコチョのヒントはアニメ「かぐや姫の物語」の解説にあった

 

自分の意識を簡単に脳コチョコチョされないための「予備のスペース」「自分の意識を残しておく」という習慣があるという設定だった。

 

映画の内容はSFで、SFが嫌いな方が観たらトンデモstoryかも知れないが、現実の「影響を受けやすいが故の弊害(弊害以外の利点もあるだろうが、今はストレスケアの話をしているので一応「弊害」と書く)」とやはりここにも相似形が見えた。

自分が何を感じているか?、何を考えているのか?わからない。というような事態は、「自分の無さ」という表現もできるのですが、「私の人生そんなの無くても良いし、感じなくても良いし、わからなくてもいい」という選択もあるだろうから良し悪しという話ではなくて、私がいつも書いているのは、

  • それで困っていて、
  • 変化してみたいと思った時には

少しずつでも自分を感じられるようになるだろうし、

  • 自分が分からなくなってしまっているのはおそらくナニカに囚われていることに気がついていないか、
  • ナニに囚われているのか感じられないことが理由にもなるようですから、

その辺りが明らかになったら少し変わっていくんだろうと思います。

 

固定観念や執着や、損得や刷り込みと言うようなことも多いようです。

 

複雑なルールは高尚に見えたり、良さそうに感じたりするかもしれませんし、難しい方が正しいような気がするときもありますが、騙されたと思って一度物事を単純な形になるまで分解してみてください。 依存しているかもしれないものを使用するのを一度お休みしてみてください。 すると自分の状態について何かがわかったりします。

 

他にもこんな作品が

脳コチョコチョのおとぎ話「ハーメルンの笛吹き男」

ハーメルンの笛吹きという話を知っていますか?

笛の音色で最初はネズミ、次は人間の子ども達が脳コチョコチョをされて笛を吹く男に操られますね。

 

作り話でおとぎ話かと思ったら、現実にあった話だという解説があることを最近知りました。映画の内容とも似ており、はるか昔から脳コチョコチョは風刺(だと思っていたんですが)の対象になっていたのですね。

そうですね、「かぐや姫」という物語の解説も電場や磁場で解説されている位ですから東洋西洋問わず人間社会には付きものなんですね。

映画じゃなくて、小説の方の「ファイアスターター」

小説の「ファイアスターター」には、

相手を自分の意のままに操る事が出来る”​押す”(精神支配能力)

が登場します。

アンディという登場人物が、相手を「押す時」の描写が素晴らしいのでお好きな方は読んでみてください。こんな風に「押す」という行為は、小説の中の超能力じゃなくても、例えば「言いくるめる」というような脳コチョコチョスキルをつかってヒトをコントロールするのも該当するでしょうね。

 

こちらの小説には、そういった「能力」を使うと自分にダメージとして跳ね返ってくるというルールが適用されていました。

 

荒俣宏氏も電気的発想か?

脳コチョコチョの影響を受けにくくするためには?

と考えた時に、以前は

重力の影響は皆が受けるのですから、ある意味、気がつけなくて当たり前とも言える。だからこそ、そもそもの影響に気づくということも大きなポイントだと感じつつ、やはり思考、前頭前野領域などに関わる認知能力を活性化させておくのが良いと思う。

(野生の)勘のようなものはこのような「気づき」が起こる時に非常に大きな役割を担う時がある。

と私見を書きました。その後どんどん生物の電気的な要素・働き・影響に話が進んでいきましたが、脳内に宇宙図書館をお持ちのような荒俣宏氏も書籍の中で電気的な思考をされている箇所が何か所があり、どうやら素直に驚くことや、驚いたことをアレコレ調べないことも「良し」とされていたようでした。

 

「驚きを知によってアースさせないで」

という一文も「感性を大切にする」という言葉よりももっと深いことを示唆しているような気がしますし

ひたすら驚く事

「主観」と「実感」という自家発電装置が必要

と書いておられるのも(なるほど!)と感銘をうけました。

 

私は(へぇ~~~)と思ったからと言って、なんでもかんでも調べないという傾向にありますが、(私って不精だしなぁ)と思っていたんですが、禍?転じて自家発電装置という天幸だったかもしれませんね(笑)

 

「主観」と「実感」というのは良い表現だな~としみじみしました。

 

もう1つの共通点・ネタバレ

映画のネタバレになりますが、内容をすっかり忘れていた、こちらの映画「ドリームキャッチャー」 は なんと人間/エイリアンの二重アイデンティティのお話でもありました。

私たちの精神・心理と宇宙感ー2

 

エイリアンに善いモノと悪いモノがいるのかどうかわかりませんが、映画は善悪の戦いという物語が無いと面白くならないようで、こちらの映画も例に漏れていませんでした。

 

おわりに

短いコラムを連投するつもりが、予定より長くなりました。今回は終わりですが、まだ続きがあります。

 

身の回りに起きていることや、目に見えている事、耳で聴いていることとストレスケアは一見何も関係ないと思えてスルーしてしまうことって多いです。ですが、そんな大したことが無いと思ってスルーしていることの中に今よりも楽になるヒントを含んでいることがあるように思っています。

または、良かれと思っていることがストレスを生んでいることがあるのかもしれません。

 

情報を、心体を重くするために利用するのではなくて、自由や軽さに気がつくために使いたい。情報や知識に縛られたり枠にはまったり枠を創ったりするのではなくて、自分の自由を思い出すために使いたい。ストレスケア、メンタルヘルスケアに役立てたい。

 

あなたの見ている「現実」の棚卸・脳内整理を丁寧に行うことをお薦めしています。

 

短いコラムを連投するつもりでしたが、予定とは違っています。

そして、思いのほか長文になり、見直している最中になんだか煮詰まりました(笑)

(2021/06/24)

 

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